偏向報道ステーション23

政治社会ニュースについて朝日新聞やTBSに代表される反日メディアの偏向報道・反日洗脳をズバリ暴きます!そのほかスポーツ・芸能・2ちゃんねる・身近な生活情報など話題盛りだくさん!

  

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報道ステーション~辺野古報道のウソ  

先週の報道ステーションで、古舘伊知郎氏が現地辺野古から生中継をしていたが、あれはとんでもない偏向報道だと分かりました。

船上から古舘キャスターが、如何に辺野古の海が美しいか、ジュゴンの棲む自然環境を破壊してまで基地を作る必要性とは何か等々、語っておりました。

そして国から770億円の援助があったにも関わらず、名護市の経済は廃れ、その象徴として寂れたシャッター通りの映像が流れる。

更に地元経済の活性化と基地反対の二律背反に揺れる地元商店主へのインタビューへと続く。


私もすっかり信じてしまったのですが、チャンネル桜の報道によると、事実はずいぶん違うようです。




大きな地図で見る

寂れたシャッター通りは名護の市街地のことか、それとも辺野古の地元商店街なのかは不明だが

しかしこれはどういう事だ?

名護市のど真ん中にある「みどり街」は、たくさんの飲食店が集まる繁華街です。

みどり街には、スナック、クラブ、居酒屋、バーetc. 300店舗を超えるお店が集まっています。

みどり街でお店を経営している人、みどり街で働く人、「夜の帝王」と自負する人、みどり街をこよなく愛するお父さん、これからみどり街デビューするあなたも、どうぞ、参加してください。

名護市地域SNSより



みどり街は名護市役所のすぐ近く。

上記地図のA地点であって、B地点の辺野古とは幾つもの山を隔てた遠い場所。

仮に映像にあった商店街が名護市中心部ではなく辺野古だとしても

チャンネル桜によれば、裏通りはパチンコ屋がズラリと並び、ガストなどの飲食店もある賑わいのある通りだそうです。

結局報道ステーションは、賑わっている繁華街があるのにそれは写さず、わざわざ寂れた商店街をセレクトしてその映像を流したわけです。

これは偏向報道の王道ですね。

一部の事実をあたかも全部であるかのような錯覚に陥らせる。

一応事実だけに、放送法に引っ掛からない巧妙なやり口です。


それからあとひとつ聞き捨てならないことがあります。

ジュゴンの棲む海を守れとか言ってますよね。

しかし反対派の人達は夜になると、ジュゴンのいるその同じ海で獲れたイルカを、焼酎と一緒に「いるか料理」と称して食ってるんです。

ブラックジョークとしか思えません。


名護市民の民意を大事にしろとマスコミも政治家も大合唱してますが、所詮このレベルなんで、深刻に受け止めない方がいいかもしれません。

category: 報道ステーション

thread: マスコミ - janre: 政治・経済

tag: 報道ステーション    古舘伊知郎  辺野古 
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報道ステーション「閔妃暗殺事件特集」について  

閔妃暗殺事件について、報道ステーションが特集をやっていました。

これは民主党が過去の日本の「罪」を追及する恒久平和調査局を設置する
方針に迎合したとしか思えない。

暗殺事件を無条件で容認する訳にはいかないが、しかし余りにも一方的な
歴史観ではないか?

それも完全なる韓国史観。

当時の世界情勢はどうだったのか?

閔妃は朝鮮半島の独立を放棄し、帝政ロシアの属国の道を選択しようとし
ていた。

当時の朝鮮には独立を守れるだけの国力はなかった。

朝鮮半島から見れば日本は東夷。

だから日本より帝政ロシアを選択しようとしたのだろう。

しかしそれを許せばロシアが朝鮮半島を足掛かりに更に南下し、やがて日
本は飲み込まれていただろう。

歴史は大きく変わっていたのである。

今の韓国も無ければ日本も無い。

チェチェンを始めとするロシア周辺国の現状はどうだ?

韓国も日本も同じ状況になっていたとは考えられないか?

大局を見ずに歴史の一部分だけを切り取って善悪を決しようなんて、
余りにも幼稚な歴史観である。

歴史に疎いお人好し日本人がこの特集だけを見れば、日本は韓国になんて酷い仕打をしたんだと思
い込むことでしょう。

それこそがこの特集の狙いなんです。

日本人に贖罪意識を植え付けて外交成果を引き出す。

報道ステーションは特定アジアの歴史洗脳に加担しているのです。

一度くらい日本の立場から歴史を語ったらどうなんだろう。

「日本」の報道メディアならば、中朝韓が何を言おうと、100パーセント日本は正しかったと主張すべきなのです。

1885年になると、ロシアの南下政策を警戒しだしたイギリスなどを牽制するために親露政策もとりはじめる。1894年に東学党の乱(甲午農民戦争)が起きると清軍と日本軍の介入を招き、日清戦争の原因と戦場になった。日清戦争後、勝者である日本側の推す大院君派の勢力が強くなり、明成皇后の勢力は力を失っていく。そのため明成皇后は、親露政策をさらに推し進めていき、7月6日にロシア軍の力を借りて権力の奪回に成功する。この一件後の反明成皇后派の不穏な動きを察し、反対派の武装解除等を行った。

これらの動きは明成皇后に不満を持つ大院君や開化派勢力、日本などの諸外国に警戒され、1895年10月8日、大院君を中心とした開化派武装組織によって景福宮にて暗殺され、その遺体は武装組織により焼却された(乙未事変)。

朝鮮が親露に傾くことに危機感を持った公使・三浦梧楼も暗殺事件への嫌疑がかけれられたため、日本は国際的に非難され三浦を含む容疑者を召還し裁判にかけたが、首謀と殺害に関しては証拠不十分し免訴となり、釈放した。

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用

category: 歴史認識

thread: 報道・マスコミ - janre: 政治・経済

tag: 韓国  報道ステーション  閔妃 
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